地方競馬の売上を振り返って

 7月24日、以前より話は出ていた、中央競馬のPATによる地方競馬の相互発売が正式に発表された(http://www.sanspo.com/keiba/news/20120724/kei12072415000010-n1.html)。将来的な廃止について囁かれない競馬場は「存在しない」といっても過言ではない現在の危機的な状況からして、桁違いの売上と会員数を誇る中央競馬の販売網に乗ることに、売上増への最後の希望を見出している主催者は多いだろう。なかには福山競馬場のように、議会での存続工作の口実として中央PAT発売を用いている場すらある。実際、中央競馬というだけで未勝利戦が1Rあたり億単位の売上を確保する一方で、地方競馬場では重賞であってもせいぜい数千万、下手すれば1000万以下の売上に留まっている。こうした明らかな非対称性を少しでも解消できるならば、これは望ましい処置と言えるだろう。

 だがその前に、2000年代の地方競馬の売上、とりわけインターネット投票普及後の姿を総括する必要がある。今ではごく当然のこととなったインターネットによる馬券発売だが、楽天オッズパークSPAT4の3社体制が確立したのは、2007年に入ってからのこと。よくよく振り返ってみれば、その歴史はせいぜいここ5年ほどに過ぎない。

 急ピッチで進んだインターネット発売拡大は、それに見合うだけの成長をもたらしたのだろうか?少なくとも、この商機を掴んだ2社にとってはそのようだ。オッズパークの売上は2006年の119億円から、わずか3年で223億円(2009年)とほぼ倍増。楽天競馬に関しては、参入初年度の2007年には11億円しかなかった売上が、オッズパークとのポイント戦争を勝ち抜いた2009年には109億円まで膨れあがった。現在は、両者ともさらに伸びていることだろう。ただし、規模としては南関東競馬を扱うSPAT4が圧倒的で、その年間売上は700億円を軽く超えている。


地方競馬の1日当たり売上額の総和の推移(単位は千円)

地方競馬場の1日当たり売上額の推移(単位は千円)

 しかし、地方競馬全体の売上は、冒頭でも述べたようにやはり芳しくない。最盛期の半分ほどの水準に低迷したままである。もっとも感覚的な面からすれば、いくらか落ち着いてきた、との安堵の声も聞かれる。、昭和55年度(1980年)に7973億4274万2500円を記録した地方競馬全体の売上は、プラザ不況などの社会情勢もあり一時減少に転じる。その後は大井競馬のトゥインクル開催(1986年〜)に牽引される南関東競馬の成長によって、平成3年度(1991年)9862億3944万9300円で史上最高額を示したものの、バブル崩壊後の社会情勢と娯楽の多様化を反映して、90年代半ばより凄まじい急落を経験することとなった。結果、2001年2月には保障問題を巡り大論争を引き起こした中津競馬場の廃止が表明され、その後の数年間で北見(2006年)、岩見沢(2006年)、旭川(2008年)、上山(2003年)、新潟公営(2002年)、宇都宮(2006年)、足利(2003年)、高崎(2004年)、益田(2002年)と、全国的に競馬場の廃止が相次ぐこととなる。

 それに較べれば、全体として小康状態にあるここ数年はやはり一見すると悪くない。だが、売上額自体は2000年代初頭以下の水準なのだから、実際問題として良いと言うことはあり得ないだろう。そして額面上の売上の変化が小さくとも、繰り返しになるがこの時期にはインターネット投票の普及という大変革が起きている。ひとまず、その衝撃について分析してみることとしたい。


地方競馬場ごとの電話投票率推移

南関東競馬を除いた各地方競馬の1日当たり売上額の、その総和に占める割合

 インターネットによる投票が普及した現在、各競馬場の売上に電話投票が占める割合は軒並み高い。だがその割合は当然一様ではなく、開催態勢も含めておおよそ4つのグループに分類できる。また、売上動向にも一定の相関性が見られるようである。

 一つ目として、非都市部でナイターを開催している高知・門別が挙げられる。元々遠隔地、とりわけ大都市圏からの電話投票を売上中心に据える戦略をとっていることもあり、この両場の電話投票率は他場と比して格段に高い。売上面でも、他場よりおおむね良好である。高知競馬に関しては、よさこいナイターを始めた2006年に電話投票率が一挙に倍増。2000年当時は同規模だった競馬場は軒並み廃止されている中で、なんとか「人並みの」売上を上げるに至っている。

 二つ目には、南関東4競馬場が挙げられる。先に述べたように、この4場は早い段階から自前の電話投票システムを所有し、相互発売によって商圏を統合してきた。電話投票率に関しても極めて似た数字を示しており、ブロックとしての統一性は高い。また、ナイター開催を行っている川崎・大井とほかの2場の電話投票率が変わらないということは、こと南関東競馬に関して電話投票で購入する固定ファンは、昼夜を問わずそちらで購入することを意味している。都市型ゆえに、ナイター開催時も本場への動員力は落ちにくい。

 三つ目が、平日の昼間に開催を行っている東海の2場と兵庫競馬である。南関よりも電話投票率はやや落ち、2011年度で30%弱。売上面では園田・笠松は全国的な平均で推移しているが、名古屋競馬場に関しては落ち込みが目立つ。いずれも大都市圏を後背地として抱え、地方競馬場としては潜在的に優良な場であるのだが……東海2場に関しては、全国的に見ても近年の賞典費削減が激しい。

 最後に来るのが、開催の全てないしは一部を土日の昼間に開催してる競馬場群である。具体的には岩手、金沢、福山、佐賀の4主催者で、電話投票率は現在でも20パーセント前後、さらにそれ以上は伸び悩んでいる傾向がある。土日開催の場合は本場へ向かいやすいということもあるだろうが、その動員数は平日開催場と較べても芳しいものではない。むしろ、顧客、とりわけ遠隔地から電話投票で購入する客の奪い合いにおいて、中央競馬など競合相手に太刀打ちできていないとと考えるべきだろう。売上面でも低迷している場が多く、とりわけかつては南関東競馬に迫る売上規模を誇った岩手競馬の凋落ぶりは目に余るものがある。大震災の影響もあったとはいえ、昨年はついに道営競馬に1日当たりの売上規模を抜かれてしまった。90年代には場外網の拡大により成功した岩手競馬だが、東北経済の低迷が続いて久しく、電話投票による底上げもイマイチとなれば仕方がないか。

 また、売上規模が小さい場の場合、電話投票率が一段階高くでる傾向があるようだ。土日昼間開催時代の高知競馬場は園田や東海と似たグラフを描いているし、荒尾競馬場も平日昼間開催にもかわらず、廃止直前の2011年には36.9%という高い電話投票率を記録している。自身の商圏規模が小さすぎるため、全国販路というメリットが大きく顕在化した例であろう。

 ただし、逆に言えば高知クラスでもない限り、その影響ははっきりと見えないレベルだということである。高知競馬の売上全国シェアは、上がったといっても僅か1.85%(2008年は0.93%)に過ぎない。全体として電話投票率が高い場の方が踏みとどまっているとはいえ、インターネット投票による実際の売上増効果は、おそらく通常思われている以上にごく小さい。単にほかの競馬場が売っている、というだけでは、大きく購買意欲を刺激することは難しいのだろう。とすればこうした電話投票率の上昇の大半は、従来場外や本場で購入していたファンが手軽な電話投票へ切り替えることによるものであることは自明である。そして楽天オッズパークともに、購入額の12〜14パーセントもの高率な手数料を徴収しているから、よく言われるように競馬場側の収入という点ではむしろ厳しくなっているのが現状である。おそらく2006年当時、関係者はより革命的な成長を期待してこの高率を受け入れたのだろうが……果たしてインターネット投票は、地方競馬の救世主とはならなかった。それでは、中央PATの発売はどうか?結果を注視したい。


 最後に、個別例としてばんえい競馬と金沢競馬についてとりあげる。1980年当初は売上規模で道営競馬それほどひけを取らなかったばんえい競馬だが、その後はひたすら引き離されるばかり。2000年代に入ってからも転落は止まらず、2006年に従来の4市体制(旭川・北見・帯広・岩見沢)崩壊した時は、一時完全消滅が確実視された。昨年はついに高知と荒尾(安心すべきことに、来年はもう負けることはない)に売上規模で追い抜かれている。今回のJRA・PAT発売からも、どういうわけかのけ者にされてしまった形。通常の競馬とはまったく予想手法が異なり他地区からのファンが流入しにくいためか、ナイター開催にもかかわらず電話投票率も低かったが、ようやく昨年・今年と大きく上昇に転じたのが唯一明るい材料か。

 このような現状でもなんとか開催を続けていられるのは、ひとえに「世界で唯一の」という枕詞を、帯広市側が観光資源として評価している点に尽きる。競馬に財政寄与以外の役割を付与させることができたという点では、ほかの地方競馬場も大いに参考にすべきであろう。とはいえ、今年になって存続の大前提である民間委託業者が交代するなど不安材料も多く、市側も今以上の財政負担を迫られるようなら完全撤退もやむを得まい。その文化的意義は大きいとはいえ、依然として苦しい状態が続いている。


 金沢競馬は通常日・火の週2日開催であり、電話投票率は2011年度で21.6%と低い。しかしながらこのグループに属する競馬場としては唯一売上維持に成功しており、2011年には低迷続く名古屋競馬を売上規模で追い抜いた。来年度のJBC開催にも内定し、ジャングルスマイルらそれなりに名の知られたタレントも揃って来ている。電話投票に頼らない、別路線での活性化を模索している例といえる。2007年より、東海の2場と相互発売体制を整えたことも好調の要因のひとつだろうが、なにより金沢競馬は馬資源を確保するために、同規模の地方競馬が賞金をぎりぎりまで削減する中で、かなりの高水準を維持して来た。例えば、東海競馬の最下級戦の1着賞金は13万円で、かつ着賞金は4着まで。酷いときは3着までということもあった。一方で、金沢競馬のそれは16万円、5着まできっちり賞金を出す。上級戦になると、平場のB級戦で14万に対して20万、A級戦のそれも手厚い。

 当然、どこかを削らねばこうも賞金を出すことはできないので、手当など表に出ない部分がかなり厳しく削減されているのではないか。ただそれでも、結果的に金沢は他場と較べ比較的多頭数で競馬を開催することが可能となっているから、馬主側でもそれなりに計算はあうようになっているのだろう。


 園田競馬も、売上の落ち込みにも関わらず、往時の賞金水準の名残で、相対的に高い賞金を維持している。岩手競馬もまた、重賞賞金だけはこれ以上削らない覚悟のようだ。賞典費の縮小に次ぐ縮小でどうにか今日まで耐えてきた地方競馬であるが、関係者の並々ならぬ忍耐で爪に火を灯すようなこれまでの方法では、とうてい将来にわたって産業としての形を維持できるものではない。インターネット投票の普及もその起爆剤にはなり得なかった今、「最終防衛ライン」の設定の仕方が各場の課題となるのだろう。また最終的には開催形態自体の抜本的な改革――完全ブロック制や中央のような全場同時併売――も、当然検討されていると思われる。今後10年間・20年単位の動きを期待したい。もっとも、一番大事なのは景気の回復だ、なんて身も蓋もないことが、根本的な問題なようにも思うのだけれど。


※文中の数字は地方競馬全国協会編『地方競馬史4巻・5巻』地方競馬全国協会、1991年・2012年および同協会の公式サイトを参照した。