新人・下村瑠衣の覚醒

 さて、皆さんは下村瑠衣騎手をご存知だろうか?彼女こそ高知の「まいーご」こと別府真衣騎手以来長らく絶えていた待望の新人女性騎手であり、ふだんは道営の谷口常信厩舎に所属している。まあ腕の方は新人にしてもちょっと・・・・・・なところが多く実際に初勝利まで4ヶ月を要しており、その後も決して順調とはいえない成績で1年目は終了(182戦3勝)。ただし、このご時世に地方競馬の騎手を目指すだけありとても真面目そうな雰囲気で、なんだかちょっぴり応援したくなるようなタイプである。えっ、若いくせに親父くさいって?ほっとけ!

 そんな彼女も当然、今年のLJS(レディース・ジョッキー・シリーズ)に出場している。中央・地方を問わず、主催者の垣根を越えて全国の女性騎手が腕を競う。そんなお祭り興行も年々進む女性騎手の減少と高齢化によって、今年で限りで一端休止ということになってしまった。元々それほどに盛り上がってたイベントというわけでもないし、今回のように6人だけとなっては主催者側にとっても特別に小頭数のレースを組む必要が出てしまうので、番組調整が非常にめんどうくさい。なので休止というのもやむをえないのだが、古くは中津の卑弥呼杯から続く女性騎手招待戦の系譜が途切れてしまうのはやはり残念だ。来年以降、単発の招待レースをどこかで引き継いでくれるといいのだけれど。

 そんなわけで、下村騎手にとっては最初で最後のLJS。さらには、道営が休みのうちに騎乗技術を表立ってアピールできる貴重な機会でもある。大先輩の茜・まいーご両雄(?)の壁は厚いにしても、このシリーズに関してはそれなりに期するものがあったに違いない。


 第1ステージは、地元門別と同じく地方競馬としては広いコース誇る岩手・盛岡。ただしこちらには道中・直線どちらも起伏に富んだ地形だけに、ペースの配分はよりシビアなものとなる。

 第1戦の騎乗馬フレンズフェアリーは最低人気だが、それでも向こう正面までは悪くない位置取り。だが、3コーナー〜で馬混みの壁に自分から包まれていく悪手を犯してしまう。当然前が割れたりはしないで、直線出口を探して外に振る羽目に。強い馬ならそこから伸びてこられもしただろうが、もとより地力で劣っていただけにこの騎乗ではどうにもならない。人気順通り6着に終わる。


 気を取り直して、2戦目は人気を分ける2番人気サクラエルセダンに騎乗。末脚は堅実な馬なので、盛岡なら直線からでも十分巻き返しが効く点もよろしい。

・・・・・・見事に3角、内にササる。結果的にインベタの形となったが、盛岡のラチ沿い1頭分は決して伸びる位置取りではない。必死に左ムチで立て直しつつ追うも、勝負には加われないまま4着まで。外を回せればまた結果は違ったのだろうけれど・・・・・・・結局、第1シリーズは獲得10ポイントと残念な結果に。


 第2ステージは、九州・荒尾に場所を移す。まあ日本でもっとも馬質があれな競馬場なので、小回りでの器用さもさることながら意志通りに馬を動かす腕っ節が求められる。女性ジョッキーには酷な競馬場である。

 そんな3戦目は、人気薄ながら積極策でハナを切る。……というか、どう見ても口割って掛かってますね、これ。過去レース映像を見る限り元々掛かり癖のある馬のようだが……暴走気味に飛ばしていっただけに、直線ではもうすっかり一杯。ずるずると脱落していき、ゴール手前で差し手の2頭にも交わされ5着となった。そして直線での追い方も、うーん上体が起き上がっていてお世辞にも綺麗とはいえないフォーム。まあ、馬が動けば立ち上がろうが踊ろうが関係ないんですけど。


 シリーズも後半戦に突入して第4戦。そろそろ少しは見せ場も……とはいっても荒尾の最内というのはダッシュが効かないところおおよそ最悪の枠順だし、馬の方もあまり期待ができるものではないレベル。案の定、2枠・3枠の馬が前を要求する態勢で内に寄せたため進路がカットされてしまう(別に審議になるようなものではなく、日常風景だが)。さらには運の悪いことに、この馬は口向きが超絶的に悪かった。主戦の吉留騎手もふだんはがっちり腕っ節で抑えつけ、それでも大きく膨れてしまうような癖馬だけに乗り難しいのは仕方がない。結局馬もやる気をすっかり失ってしまったようで、1頭大差遅れて入線。


 ここまで、4戦を終了して6着→4着→5着→6着とまったくいいところがないまま。順位の方も、5位の皆川騎手(37ポイント)にダブルスコアを開けられての最下位である。荒尾の2戦は馬質に恵まれなかったとはいえ、「なにもできないまま」だった感はぬぐえぬ結果だ。このままでは終われない。そう思ったかどうかは本人に聞かなきゃわかりはしないが、とにかくここから下村騎手の怒濤の反撃が始まる。


 第3ステージは中国・福山。泣いても笑っても、これがシリーズ最後の舞台である。きついコーナーで全国でも屈指の難コースとして知られている競馬場だけに、初乗りで完全に乗りこなすのは至難の業といってよい。そんなコースに少しでも慣れようと、下村騎手はなんと前日から競馬場入りして朝の調教に参加したという。すでに2連勝したところでまず合優勝の目などないが、それでもなんとか結果を出したい。そもそも、今の地方競馬に中途半端な力量の若手騎手を養っていく余裕などありはしない。男だろうが女だろうが、生き残るためには実力を見せるしかないのだ。厳しい勝負の世界の中で、必死に踏ん張る若者一人。どうです、そこのお父さん。なんとも泣かせる話じゃありませんか(←くどい

 そんな彼女の第5戦の乗り馬は、5番人気のハッピーリボン。この馬はもともと道営所属で走っていた馬で、冬越しのために福山へ出稼ぎに来ていた1頭である。もちろん道営時代に彼女が乗ったことはないのだけれど、調教ですれ違うことくらいはあったかもしれぬ。人間でも地元ではそれほど縁がないような相手であっても、海外では一転して同郷意識でつるみだすということはしばしば見られる光景だ。遠く広島の地で再会を果たしたした馬の方も、しばしの感傷に浸り、感じ入るところがあったのかもしれない。インからの積極策でハナを主張すると、その後は飛ばしすぎたりせずに後続をしっかり引きつける理想的な競馬。そして、コーナーを省エネコースで綺麗に回る!このコーナーで切り取ったリードが、そのまま勝敗を分けた。最後はやや詰め寄られたが、それでも1馬身差つけての見事な逃げ切り勝ち。ここまでの4戦から一変、三連単万馬券を演出する技ありの勝利だった。


 そして迎えた最終戦。乗り馬セトウチダイヤはこちらも5番人気と人気薄で、脚質的にも福山の差し馬は難しい。見ている方としても、前のレースで一発開けただけで下村としては満足だろうと勝手に合点してしまい、正直ノーマークの1頭だった。
 
 スタートはやはり出が悪く、全体にゆったりとしたペースの中で後方に位置取る。まあそのまま沈みっぱなしもやむを得ないか、さあ茜とまいーご優勝はどっちだ……ん?向こう正面後半から、セトウチダイヤが内に潜り込んで進出して来ているぞ。逃げる皆川騎手は後続を外に振るために最内はがら空き状態で、そこにぐいぐいとラチ沿い一杯、見事なコーナリングで突っ込んできた!経済コースが効いて直線入り口でまさかの先頭に躍り出ると、後は無我夢中で左右にムチいれ。別府騎手騎乗のラドが外からよく伸びてきたが、ちょうど並んだところがゴール板。……なんとかハナ差凌ぎきっている!これは見事な勝負駆け、上手い!

 結果的に、この2連勝で20×2=40ポイントを積み増し58ポイント獲得でフィニッシュ。順位こそ5位だが4位の岩永騎手とは1点差だし、優勝した別府騎手も65ポイントだからかなりの健闘を見せたといってよいだろう。なによりシリーズで2勝したのは彼女のみ、しかもどちらも人気薄というのは素晴らしい勲章だ。福山の2戦で見せた貪欲さは、道営の関係者に対する大きなアピールにもなったはず。この経験を糧にして、下村騎手にはさらなる成長を見せて欲しいところ。

 というか、福山のあの騎乗を見る限りでは園田か浦和で見てみたいなぁ。直線での追いあい勝負になりやすい門別よりも、小回りでコーナリングで勝負できるコースの方があっているような感じだ。道営も冬休みに入ってることだし、育成の仕事もあるだろうがひとまず高知当たりで武者修行をしてはいかがだろう。なんてったって、高知留学はあの天才・御神本もやった若手タレントの登竜門だし!(違

LJS結果表
福山エース特設ページ