第59回 東京ダービー(SⅠ)

 当初は春の鞍として施行されていたこのレースが、当時の啓衆社社長・白井新平の発案によって――もっとも、彼に言わせると大井競馬場を建てたのすら自分の功績だと言い出しかねないところもあるが――現在に近い「東京都ダービー」に名を変えることになったのは、東京オリンピックが開催された1964年のことである。いや、競馬ファンには中央競馬シンザンが三冠を達成した年、といった方が通りがよいか。そしてこの東京都ダービーで1番人気に押されたのが、羽田盃を勝ってこの大一番に望んでいたコトブキノニ。遡ればかの函館門下の系譜にも属する、船橋が誇る競馬の名門・出川巳代造調教師が率いたコトブキ軍団といえば、50〜60年代前半の船橋競馬、いや南関東競馬におけるエリート軍団であり、実際にダイニ・ダイサンコトブキはどちらも春の鞍を制した優駿だった。レースの方では結局川崎所属の抽選馬出身・パールマウンテンに惜しくも掴まり1.5馬身差の3着に終わってしまったが、出川師はこの時コトブキノニに騎乗していた渡邊騎手とともに72年、フジプリンスでしっかり雪辱を果たしている。さらには82年にもダイシンシラユキでダービーを制したことで、出川師は歴代最多の東京ダービー通算5勝という大記録を打ち立てることとなった。その後も出川一門と東京ダービーの縁は続き、巳代造調教師自身サトノライデン(93年3着)、オペラハット――99年3着、この馬に関しては羽田盃4着後、大井赤間厩舎からダービーを目指して転厩してきている――と、最後の最後まで有力馬を東京ダービーへと送り出している。そして南関東競馬の歴史と共にあった巳代造師が勇退を決意した2000年、この年のダービーを制したのは、氏の三男・出川克己調教師が管理していたヒノデラスタだったというから競馬は本当に面白い。さらに2003年には長男の出川龍一調教師が、父と縁が深かった石崎隆之騎手とナイキアディライトのコンビでダービー制覇を達成している。

1964年の羽田盃・ゴール前写真。大外がコトブキノ二、中央がパールマウンテン(3着)。
出典:『啓衆地方競馬』1964年5月号・表紙。

 一方で、こうした偉大な先輩の歴史を超えてやろうと、今日まで切磋琢磨し新たな境地に挑戦し続けた調教師がいた。それがご存じ、船橋川島正行調教師である。川島調教師はジョッキーあがりではあるが、もともとの生まれは競馬サークルの外からの「新参者」だった。そのため南関東藤沢和雄厩舎ともいえるそのスタイルに関して、最初の頃はかなりの反発もあったと聞いている。実際良くも悪くも派手な厩舎経営で知られているが、それでもアジュディミツオーを筆頭に南関東史上屈指の名馬たちを管理してきた実績からして、その腕前は疑うべくもないだろう。すでに一昨年のクラーベセクレタ東京ダービー5勝目をあげており、そして前人未踏のダービー6勝を今年こそ達成すべく、羽田盃馬・アウトジェネラルをこのダービーに送り込んできた。その馬主はというと、ここ数年道営・南関東に力を入れているクラブ馬主会の雄・サンデーレーシングであり、そして鞍上は日本一小さい日本海の競馬場・益田から公営一の大競馬場・大井へ、そして黒潮流れる高知を経て再び舞い戻ってきた、人一倍に挫折を知る天才・御神本訓史騎手。彼としても、ポスト・戸崎の座をを完全なものとするために、ダービージョッキーの称号はここで改めて獲っておきたいところだろう。いま再び、東京オリンピックの夢が無駄に取り沙汰されているこの東京で、今年の東京ダービーには新たな風が吹き荒れるのだろうか。

 そしてこの流れを阻止し得る唯一の対抗馬が、あの出川克己調教師が管理するジェネラルグラントというあたり、今年のダービーには馬券を抜きにしても大いに見るに値するストーリーが展開されているではないか。ジェネラルグラントは佐藤裕太騎手の悪騎乗分があったアウトジェネラルを下して京浜盃を制し、昨年末の全日本2歳優駿でも2着と同馬に先着している。馬主はこちらも同じくサンデーレーシングというのは南関東競馬ファンとしてはいささか残念なのだが、鞍上が石崎駿騎手というのがまたなかなか泣かせる。上でも軽く触れたが、いわずと知れた南関東の大ジョッキー・石崎隆之が騎手になったきっかけは、知人から出川巳代造調教師を紹介されたところに始まっている。そんな石崎隆之騎手もここ数年はめっきり騎乗数も減らし、いよいよ引退も近そうな様子だが、それに先立ち長男の石崎駿騎手に有力なお手馬をずいぶんとまわしていたことがあった。その中には2009年の東京大賞典で4着に入ったあのセレンすら含まれていたものだから、その本気ぶりに当時かなり驚いた記憶がある。当然石崎駿騎手も期待に応えて一気に重賞を勝ちまくり、南関リーディング上位に殴り込みかと思いきや、結局セレンとは初戦の東京記念を勝ったあとは順調に使えず、勝ち星の方も乗り馬の質の割には……との感想が南関東ファンの率直な評価。ポスト・戸崎のリーディング争いでも現在14位と、ここまで伸び悩みが続いてきた。真面目な好人物という評判の一方で、中央競馬で言えば福永祐一騎手を思い出させる爪の甘さが見え隠れする。それでも様々な縁が重なり合ったこの大一番。自分の殻を破り、勝負師として男を見せるのならここ以上の舞台は今後絶対にあり得ないはず。おそらく仕上げも最高だろうし、奮起を期待し敢えて本命はこちらとしたい。

 そのほかの馬に関しては、3着または片方が崩れての2着までならともかく、こと1着はまずないだろうと断言できる。正直サンデーレーシングの卸す馬は今の南関東には反則と言ってもいいくらいで、今年の東京ダービーはこの2頭のどちらかでまず決まるはずだ。なにか奇跡が起きるとすれば、もはや何十回目の挑戦か知らないが、かの的場文男の乾坤一擲の追い込みによる悲願達成くらいだろう。まあそれならそれで、馬券に関係なく誰しも最高にいい気分で競馬場を後にできそうだけれどね。
―――――――――――
<まとめ>
◎7番ジェネラルグラント
○1番アウトジェネラル
▲5番キタサンオーゴン