日韓交流競馬に関してぐだぐだと(2)

 この日のソウル競馬場は4万人を超える大入りとなったわけだが、韓国の競馬はまたなかなかどうしてこのファンが熱い。ほら、場外でモニターの下に集まったなら、日本でも一人くらいはいますよね。毎度毎度どんな展開でもやたらめったらに絶叫したあげく、レース後はまったく当たった様子がない人って。おっさん客の半分くらいがあんな感じだと思って貰えれば、だいたいそれであっていることと思う。まあ、この世界における普遍法則としてああいう人ほど賭けている額はたいしたことがないのだけれど、まるでこの世の終わりのように身体を揺らし絶叫する様は一周回ってなかなかに爽快だ。だから、周囲の目を憚ることなく私も日本語で叫んでみることにしようじゃないか。海砂で坂有り直線500m、なんてエクイターフも真っ青なガラパゴス・コースとはいえ、かなり差しが効く作りなので見応えは十分にある。下級戦の馬質は東海・岩手の朝一といった感じではあるが、使い込まれていない分かそこそこまともに競馬をしていた。ただ、騎手に関しては癖馬の卸方にやや難がある騎手が多く、スタート直後の位置取りが強引なところが目につく。いかにももたれ癖がありそうな馬とさっぱり折り合えず、大回りなのにコーナーが酷かったり脚を余したり……

馬券は100ウォン(約9円)から10万ウォン(約9000円)まで買える。レシートよりはマシといった程度の安っぽい感熱紙なのでありがたみは薄い。画像はメインの日本馬3頭の単勝1000ウォンずつ。
と、そうこうして場内をうろうろしては馬券を買い……ということを繰り返しているうちに、あっという間にメインレースの時間となる。海外からの遠征馬がいるレースはだれしも頭を悩ませるものだが、1R開始前に場内で流されていたメインの展望では、韓国の調教師と並んで日本の関係者や新聞記者のインタビューも字幕付きで取り上げられていた。見ている方も朝一から来ている熱心なファンだけに、それを常連同士わいわいやりながら食い入るように眺めており賑やかである。はて解説者がその中でどのような評価を下したのかは皆目わからなかったが、8R終了直後の単勝オッズでは、ファイナルスコアーが1.2倍と意外なほどの高評価を受ける結果に。若さと勢いを買われたかビッグガリバーがその次に続き、日本馬三頭の中ではトーセンアーチャーだけが離れた人気である。9歳という韓国競馬ではあり得ない馬齢に加えて、輸送での馬体減が一頭だけ大きかったことも影響したのかも知れない――前走522kgに対して504kg。ちなみに蛇足ながら、韓国競馬の馬体重は地方と同じく1キロ刻みだった――。地元馬では実績が抜けているタフウィンがやはり対抗筆頭で、最終的には2.3倍での1番人気に支持されている。出走14頭中単勝100倍台が5頭を数えたことから、地元馬の中でも実力は随分と差があったのだろう。

12.9-10.9-11.6-12.-12.5-12.3-13.5(1:25.7)
 ちなみにすでに須田鷹雄氏らが書いているが、レース前の珍事として、返し馬で文男と真島が馬を駆けさせると、ざわざわっとスタンド中が一斉に沸く一幕があった。韓国では本馬場入場でも全てをキャンターで済ませるので、どうやら突然走り出したことに驚いたらしい。いくら「韓日対決」とはいってもいざ現金を賭けるとなるとやはり話は別なもので、人気からすればなんだかんだで多くのファンが日本馬を絡めて馬券を買っていたはず。とすると、この「暴走」に韓国のファンはずいぶん肝を冷やしたに違いあるまい。「ああ、日本の馬なんて買ってしまったばっかりに」と、バツの悪さを覚えた人もいただろうね。しかし、競馬文化の違いは意外なところにもあるものだ。

 レースの方は、韓国競馬ではそう見ない1F目12秒台からのハイペースな展開に。トーセンアーチャーの単勝とタフウィンへの馬複を買っていた私は、あまりに位置取りが後ろなので早々にすっかり諦め観戦モードに入る。さらには直線に入ってからPUREUN MISOらが後続を突き放したのでますます気落ちしたのだが、直線も完全に半ばを過ぎてから大外をぐいぐい伸びてくる、赤い勝負服を認めるや一転しての大興奮。右隣のおっちゃんも文男から買っていたらしく、そこからもう、二カ国語での声にならない叫び合いだった。

確定を知らせる電光掲示板。中央のものとほぼ同じだが、馬場状態だけは韓国競馬仕様の馬場水分量表記。

記念品を受け取る橋本和馬調教師。開業6年目、初重賞(でいいのかな?)が海外のものとは日本競馬史上初めてだろう。

表彰式での関係者一同。一番右側が島川隆哉オーナーか?
 レース後は、表彰式の前にテレビ局とのタイアップ企画(?)で、馬場内で重種馬と人間の綱引き対決が行われる……はずだったのだが、馬の方が状況をよくわかっていないらしくうまく綱引きになってくれない。15分ばかり試行錯誤していたが、けっきょく最後まで勝負にならないまま奥へ引っ込められてしまった。そりゃそう調教されてもいないのに、いきなり引けといわれても困るよなぁ。そんなゴタゴタののちようやく行われた表彰式では、韓国側のテレビカメラも入って報道陣・カメラ陣が大変な盛況ぶり。記念品が渡されるたびに、カメラマン用にポーズをとり、バシャリバシャリとシャッターが下ろされる――なんとなく、日本人が大半であった気もしたが――。そしてさらには関係者がマイクロバスに撤収する際になっても、最後の最後まで文男さんが韓国側の関係者に囲まれていたのが個人的には印象的だった。そりゃまあ、あんなレースをやったんだから当然か。韓国の報道でも「まもなく57歳となる、通算6493勝の大ジョッキー」とかなりクローズアップされていた文男さん――勝ち星に関しては、数週前の数字をそのまま使ったのか?――の計ったような騎乗は、韓国側へのインパクトも十分であったはず。このあたりは、交流したかいが本当にあったというものである。

 さて、レースが確定してからも場内は長い間騒然とはしていたが、これは大レース後ならば当然のことだろう。なによりも日本馬が勝ったことに対して反感を持つような、険悪な空気がまったくなかったのは素晴らしかった。まあそれでも、リプレイでWATTS VILLAGEが差し切られた瞬間を眺めていたおっちゃんらは、声にならないため息を漏らしていたけれどね。ああいうファンをしっかり掴んでいるのだから、今後も韓国競馬は少しずつでも成長を続けてくれることと願う。とはいっても、大井側とてまだそう簡単に負けるわけにはいかない。ひとまずは次のロイヤルカップに期待したいが、さてさていったいどうなることやら。一応は、距離不安にもかかわらず現役トップクラスのタフウィンを持ち出してきた韓国側のもてなしに応え、こちらもそれなりのメンツを揃えてやるのがやはり礼儀だとは思うのだけれど。