日韓交流競走を考える

 昨年の3月28日から30日にかけて、静岡の伊東温泉競輪にて日韓対抗競輪が開催されたことを知っている人は、競馬界隈ではあまり多数派ではないのかもしれない。これは過去S級下位選手とのエキシビジョン扱いでてきとうにやっていた日韓交流競走を発展させたもので、本来は2011年に高知で行われるはずが震災で中止になっていた。まあ、成田から近い伊東での開催の方が韓国側にはありがたかったろうし、実際観客席からハングルの応援が飛ぶ姿も見られたのはケガの功名というべきか。けれども、国別対抗戦がアホらしいくらいに盛り上がるのは競技の別を問わない21世紀の現代社会、戦前の記者会見でも「実力で劣っていても、精神面で結果を出したい」と気負ったところがヒシヒシと。そこに「日本の競輪は連携・ヨコの動きが重要らしい」と耳学問をつけてきたのがいけなかったのだろう。しかも本国でそうした経験はほとんどないときているのだから、うまく加減ができるわけがない。結果、30年前ならともかく現代の日本人がやったのなら重注・失格すらつきかねない無茶な競り・牽制やロケット作戦がそこそこに見られたのが残念で――というか、あれだけやってよく赤旗があがらなかったもんだ――、これが決勝の二車落車にも繋がってしまった。
 もっとも、戦前の「日本楽勝」ムードとは裏腹に、韓国グランプリ覇者イミョンヒョンを筆頭に一部選手の脚が日本のS級選手に混じってもまったく見劣りしない水準にあったことは、この企画がただただ後味の悪いものになるのを防いでくれた。優勝した「闘魂」村上義弘選手なども、この点については賞賛を惜しんでいない。どうやら今年は光明(ソウル近郊)で同じような競走をやるらしいが、すると当然縦脚中心の韓国式ルールでの戦いとなるはず。これは日本側も、出すメンバーをよくよく考えて送らねばなるまい。

 さて、前置きが長くなったが本題は、この9月にソウル競馬場で予定されている日韓交流競走についてである。昨冬発表された時はすでにNARとの交流、日本側の受け入れレースはマイルグランプリという推測が流れていたが、蓋を開けてみれば大井所属馬のみ出走可能な1400m戦と、準重賞・ロイヤルカップの国際化という結果に。検疫馬房が大井所有と言うことを考えるとなるほど致し方ないのだけれど……それならフジノウェーブ御大あたりがキャリアの有終の美を飾るために遠征するのかとも思いきや、さてさて中央下がりのロートルA1馬2頭にA級では難しそうなB1馬という微妙な構成。騎手だけは説明不要の超大物・的場文男に真島・柏木と一応揃えはしたが……馬主の意向もあるとはいえ、今の大井、ひいては南関東なんてこんなもんよね、と諦めの混じった物寂しさを覚えるのは私だけではないだろう。
 それでもネット上を見渡す限り、いわゆる「ネトウヨ」を除いた一般競馬ファンに限ったとしても、日韓の根本的なレベルの差を根拠に、結果は日本側の楽勝だろうとする言説がその大勢を占めているようである。私自身も深い考えもなくまあ勝てるだろうと高をくくっていたところは多分にあるのだが、しかし実際のところはどうなんでしょうね。香港意外のアジアの競走馬なんて、こっちとらオウンオピニオンくらいしかシランわけだし……ここでは先日発表された韓国側の予備登録馬から、有力馬を何頭か紹介することにしたい。 ※以下、1ウォン=0.09円と換算した。

(1)터프윈 (TOUGH WIN)セン6歳 米国産 父YONAGUSKA 母父SWORD DANCE
 29戦22勝、収得賞金18億7538万9000ウォン(1億6878万5010円) 主な勝ち鞍:11年グランプリ(G?)、10年・13年釜山広域市長杯(G?)など

 今回の登録馬の中では頭2つは抜けている本馬。3歳にしてデビューから2000mの重賞・釜山広域市長杯とKRAカップClassicを含む9連勝を挙げ、外国産馬が出走を許されている唯一の?・グランプリへと駒を進める。そこでは1番人気に応えられず同い年の内国産最強馬・미스터파크(MISTER PARK)から0.8秒差の4着に敗れたものの、翌年は山本茜騎乗の同馬に見事雪辱を果たしグランプリを制覇した。昨年は重賞では掲示板止まりと振るわなかったが、韓国競馬界ではそろそろ引退も見えてくる6歳の今年はここまで4連勝と復調。前走釜山広域市長杯(G?)では前年重賞3勝でグランプリでも先着を許した당대불패(DANGDAE BULPAE)らを下してその健在をアピールしている。

13年釜山広域市長杯(G?)黄緑帽子の6番がTOUGH WIN。
14.0-12.1-13.0-13.2-13.1-13.2-13.5-12.9-12.8(2:07.3)

 韓国の上位クラス戦(外国産馬はC1〜C4、内国産馬はC6まである模様)は1800m〜2000mの中距離戦が中心なのだが、この馬に関してはグランプリ(2300m)での2度の敗戦含め負けたときは大抵スタミナ切れが原因である。血統からいっても短い距離の方が向くのは明らかで、実際1900m以下での敗戦は当時すでに衰えていたとはいえ08・09年とグランプリ2連覇の동반의강자(DONGBANUI GANGJA)を相手に6kgのハンデを背負った4歳春の一戦のみ。2歳時には1400mで良馬場・1:26.2(上がり3F36.9)という優秀な時計を残している。あまり当てにならないが、コース形態が似ている府中と較べるとこれは古馬500万下レベルといった時計か――後述するように、時計を見る際は1秒引いて比較すること――。追い込み馬だけに時計は他力本願で基本的に遅いが、上がりは日本の中央1000万下くらいの数値をコンスタントに残している点は注目に値する。定量のこの条件は願ってもないはずで、陣営としても絶対に勝ちに来ているはずだ。

2011年グランプリ。赤帽子の3番がTOUGH WIN、濃紺帽子の9番が山本茜騎手騎乗のMISTER PARK。
07.9-10.8-11.8-12.7-13.5-13.3-12.8-13.4-13.3-12.9-12.5-13.2(2:28.1)

 そのほかの登録馬も、それなりに見所のある馬がちらほらとみえる。

(2)맹산호랑이 (MAENGSAN HORANGI) セン4歳 米国産 父EL NINO 母父EDITOR′S NOTE
12戦5勝 収得賞金2億6994万1000ウォン(2429万4690円)

 イマイチ勝ちきれなかった昨年とは打って変わって、今年はC1昇級後の重賞級相手の2戦を含む5戦4勝2着1回とほぼ完璧な戦績。前走ではここにも登録してきてる시드니주얼리 (SYDNEY JEWELRY)らそれなりに骨っぽい相手を下しており、上り調子という意味ではメンバー中でも屈指である。だが戦績を一目見る限り距離に関しては短いよりも長い方がよいようで、また3走前などはいくら直線坂があるといっても最後の1Fは14.9とバテバテの様子。さすがに力不足の感はぬぐえないか。日本馬もこの馬に負けるようだと大恥だが……

(3)푸른미소 (PUREUN MISO)牝3歳 米国産 父MALIBU MOON 母父EXPLOIT
10戦4勝 収得賞金2億1928万8000ウォン(1973万5920円) 主な戦績:13年JRAトロフィー2着、13年世界日報杯3着

 3歳以上牝馬による混合競走である世界日報杯――ええ、あの『世界日報』様の本国版ですね……――で3着ののち、1200mのオープン戦であるJRAトロフィーで2着。2F目で10.5を刻むハイペースで飛ばして逃げての結果だけにそれほど悲観する必要はなく、前走は2歳時は距離がもたなかった1800m戦を克服するなど一応の成長を見せている。とはいえ、世界日報杯で大差をつけられた인디언블루 (INDIAN BLUE)は重賞で明らかに力が足りず、一緒に飛ばして逃げた3着の동반자의기적 (DONGBANJAUI GIJEOK)も次走はC1戦で9着といいところなし――もっとも、2番人気ではあったから通用すると評価されてはいたようだ――。現状、同世代の牝馬の中でも中堅どころの域はでていない。ここでもペースを握るのは間違いないが、果たしてどこまで引っ張れるだろうか。

13年JRAトロフィー。1着REMEMBER BULPAE(黒帽子4番)、2着PUREUN MISO(紫帽子9番)、3着DONGBANJAUI GIJEOK(臙脂帽子7番)
13.3-10.5-11.6-12.3-12.8-14.2(1:14.7)

(4)놀부만세 (NOLBU MANSE) 牡4歳 米国産 父SIMON PURE 母父KRIS S.
22戦5勝 収得賞金3億9194万4000円(3527万4960万円) 主な戦績:12年JRAトロフィー、12年KRAカップClassic(G?)2着

 昨年はKRAカップClassicで싱싱캣 (SING SING CAT)の2着ののち、グランプリではTOUGH WINに0.3秒差つけられた6着まで。それが今年に入ってからは6戦して2着1回だけと、かなりの苦戦を強いられている。だが昨年JRAトロフィーを制しているようにスプリント適性はあるはずで、本調子を取り戻せさえすれば、この条件ならば大外から一発馬券内に飛び込んでくる可能性は捨てきれないか。穴で一考。

12年JRAトロフィー。水・赤染め分け帽子の13番がNOLBU MANSE。
13.3-10.6-11.8-12.4-12.3-13.1(1:13.5)

 なお、韓国競馬のラップを見る際の注意点として、日本と違いゲートが開いてすぐ時計を計り始めているため1秒前後1F目が遅く出るようだ――これは、全体の走破時計を考える際にも必ず考慮せねばならない――。またダートのみにもかかわらず一周1800m(ソウル)・2000m(釜山)に直線450m超という、非常に大回りな競馬場だからであろうか。とりわけ中距離戦となると道中平気で14秒台までペースを落とし、直線に入ってからヨコ一杯にばらけての追い較べというスタイルが好まれるようである。今回は1400m戦なのでそこまで妙なペースにはならないだろうが、直線の坂を含めてこの独特なレースに適応できるかどうかも、日本側には大きな課題だ。

 まあ時計の比較はよっぽどうまい物差しがない限り競馬場が違う時点で諦めた方がよいし、韓国は砂厚が7cmしかないだとか色々と突っ込むこともできる。それでも、韓国側の総大将に相応しくTOUGH WINに関しては控えめにみても中央1000万下あたりでも十分勝負になる馬と見てよい。対して現在の南関A級は準OPで頭打ちの転厩馬が通用するかは半々といったレベルで、今回の2頭はひいき目にみても2・3年前ならいざ知らず現状ではやや力落ちする印象。ましてやアウェイでの戦いとなると、世間で言われているほどの楽勝ムードとはいかないだろう。……とはいえ、始めてだけにどうなることやら。まあ、彼らが好む言い回しを敢えて用いるのならば、彼らの「自尊心」をよい方向に向かうように叩きつぶしてやることも、競馬「先進国」である日本の一角を占める南関東競馬の役割と考える。一方で、こちらも国内ではJRAという巨人に四苦八苦しているわけで、そういう意味では似た者同士と言うこともできるしね。切磋琢磨の相手としては本来悪くはないはずだ。次は、もっと文句のつけようがないようなトップ層を送り込んで貰いたいところ。

 まあともかく、現地観戦を予定している身としては、両国関係者の奮戦を願ってやまない。

1981年・第1回ジャパンカップ。日本馬はこの秋浦和から転厩のゴールドスペンサーの5着が最高だった。