大井のAW導入議論に寄せて

TCK 特別区競馬組合、観客増員へ攻めの姿勢 −全天候型馬場を検討
http://www.nikkan.co.jp/news/photograph/nkx_p20111127.html

 まあAW導入の話はちらほら出ていたので、格別大きな驚きはない。あくまで「検討」であるし、多くの可能性を議論にのせていくことができる環境はむしろ望ましい、健全な状態だといえるだろう。おそらく正式なプレス・リリースや専門媒体による報道を待たずしてあれこれ理屈をこねるのはあまり意味がないのだろうが、「大井のチャレンジは評価」「やってみればみて駄目なら戻せばいい」程度の当たり障りのない感想があふれているのをみるにつけ色々とこみ上げてくる感情があったので、ひとまずこの件について現時点での私見を述べることとする。一応「そこそこ真面目に南関馬券を買ってる」人間として、ちょっとこれは避けるわけにはいかない。

 結論から言ってしまうと、私は大井単独でのAW導入には断固反対する。これは一見すると国際化や開放をさらに推し進める意義の大きいチャレンジに思えて、実際には土台となる南関東競馬としての結束を完全に崩壊させ、悪しき意味での「大井モンロー主義」を再来させる愚策であろう。

 まず、そもそもの前提知識として大井競馬場は、南関OPクラスの主戦場にして帝王賞東京大賞典の2大GⅠを擁する日本ダート競馬の最高峰、という非常に開かれた競馬場であると同時に、騎手はともかくとして馬の交流に関しては南関東の中であってすら恐ろしく閉鎖的であり続けている、という二面性を持つことを知っておく必要がある。後者に関してふだん南関東をやらない人の為に補足すると、大井・川崎・船橋・浦和の4競馬場はひとつの「南関東ブロック」を形成していながら、他の3場が大井所属馬も含む他場からの遠征馬を加えることによって番組をやりくりしているのと異なり、大井競馬だけは開催の大半を占める未格付け(2・3歳戦)とC級戦をほぼ全て、自場所属馬だけで開催しているのだ(試しに、今開催の出馬表を見るとよい)。たま〜にナイター開催を増やすため開催日数が削られている船橋・浦和両場(川崎が今の調子だとこの体制もいつまで持つかわからんが、それはまた別のお話)への救済としてどちらか一方へ開放することもあるが、基本は自場所の馬だけでまかなっているし、言い換えれば「まかなえてしまう」余裕がある。賞金面でかつてのような格差は小さくなったにせよ、「南関東競馬」とは依然として1場+3場の体制なのである。

 だが、先に述べたように南関の重賞競走体系は基本的に大井競馬場を中心に回るようできており、南関東グレードSⅠ・SⅡのレース16個のうち、大井競馬開催のものは11にものぼる。実際、いわゆる「南関東三冠」は全て大井競馬場での開催だし、大井以外のダート・グレード競走を除いた古馬の重賞で毎年ある程度の一線級が集まるレースといったらせいぜい春の川崎マイラーズ・京成盃グランドマイラーズ両マイル重賞と、浦和記念へのステップ・レースの側面を持つ埼玉栄冠賞、そして皮肉にも東京大賞典ではかなわないとみた馬が出走してくる正月の川崎開催・報知オールスターカップくらいのもの。下級戦とは打って変わって、A級馬ともなれば基本的に嫌でも大井を走らざるを得ない局面がやってくる。レースの内容からいうと浦和・川崎と大井は異なった適性が要求されるため(船橋はまたユニークだが)、現時点でも浦和や川崎で勝ち上がってきた馬が大井で突然大敗することもしばしばだ。

 この捻れ状態を解消しないまま、大井競馬場がAWを導入したとしよう。大井所属馬はAW上で選抜が行われるが、他3場は従来のダート競馬による選抜である。AWが良くも悪くも従来の馬場とは別物ということは、ドバイWCヴィクトワールピサトランセンドが半馬身差で接戦を演じた例を見ても確かだろう。もちろん能力の高い馬はAWでもダートでもおおむね問題なく勝ち上がっていくとは思うのだが、肝心の大一番である重賞では、馬場適性が明らかとなった馬とそうでない馬が混在する事例が頻発することとなる。これがどれだけ予想しづらいかは、つい先日のジャパンカップを思い出してくれれば事足りる。ディンドリームをどう扱うべきか、悩まなかった競馬ファンなどよっぽどのドイツ競馬マニアくらいだろう。さらには「大井への遠征馬」は非常に少ない一方で「大井からの遠征馬」は相当数存在するから、それまでAWを走っていた馬がダートコースで他場の馬と対戦することも起こる。まあそれまでの遠征記録から得手不得手は判断するにせよ、材料の少なさはは否めないだろうから大井以外の3場に関しては下級条件戦まで難解さを増すし、いわゆるスピード指数用の基準時計を大井と他場ですり合わせる作業も今まで以上に複雑さが求められるだろう。

ああ、正直に言うよ。「俺が馬券買いにくいからやめてくれ」
ってことだ、悪いかコラァ!!!

 さらにはAW導入の本場アメリカの場合、レースがだいぶ制限されるとはいえ、AWが嫌ならば従来型のダートで開催している競馬場を転戦することも可能だった。だが悲しいかな、南関東にそこまでの懐の深さはない。交流重賞で勝ち負けできるレベルならばまた別だが、通常大井で走れないとなれば満足に使うことが出来ず、またようやく使えたレースも格・賞金の面でどうしても劣ったものになってしまうのは明らか。大井のダート・グレードレースがAW化することも含めて、やっと地位が向上してきた日本ダート馬の環境に、冷や水を浴びせかけることとなるだろう。それに「ダートで勝ち上がっても、どうせ大きいところはAW」となれば、馬主にとっても3場に馬を預ける魅力が薄れ、所属馬のレベルが大きく落ち込むことすら考えられる。そうなれば笑うのは大井の馬主と調教師だけ、あとはみんな揃って丸損ではないか。

 おそらく大井競馬側の狙いとしては、AW化によって中央芝馬の交流戦参戦と海外馬の呼び込みを図りたいのだと思われる。だが、帝王賞東京大賞典はそれぞれ宝塚記念有馬記念と日程がモロ被りであり第一線級の参戦は・・・・・・まあやるやつがまったくいないとはいわないけれど(交流戦の鬼M氏とか)、ほんとにやったらとんでもない暴挙だろうな。だいたい交流重賞自体がダートOP戦線の自力拡張が困難だった中央に代わって開催し、その見返りとして本来他人の「商品」である中央所属馬で商売ができるというwin-win関係の下なりたっているので、芝馬を呼び込もうとするのは勝手だがJRAの領分へ思いっきり踏み込むのだからまずいい顔はされないだろうね。そして芝のタレントを呼べたところで、売り上げ的に期待できるかというと……海外馬にしても果たしてAWにしてどれだけの出走が見込めるかはさっぱりで、おそらくアゴ・アシ付き招待レースでもない限り参戦がない状態は続くだろう。それならば、今夏トゥインクル25周年を記念して海外馬招待競走として行われたサンタアニタトロフィーを、今後も招待競走として開催すればよい。AW化に必要な経費で、いったい何年・何頭の海外馬が呼べることか。つい先日マカオで初となる国際招待競走があったが、ダートコースで1着賞金1000万程度にもかかわらずわざわざ英国からやってきた物好きチャレンジャーがおったぞ。

 とまあ、長々と文句を垂れてきたわけだけれど、冒頭に述べたように現時点での報道ではほとんど情報がでていないようなものだ。特に、「大井だけでなく4場揃ってAW化する」という可能性も残されており、この場合これまで書いてきたような問題点はおおよそ解消される。いや、南関のダート・グレード競走が一斉にAW化したらダート血統の種牡馬や生産者には痛手なのだろうが、南関東競馬を「地方競馬にしてはマシ」という現状から90年代以前の「中央とは違った、独特の競馬をやってる場所」へと戻したいのならば、これはひとつの手ではあるだろう。ただし、それでは結局「大井モンロー主義」が「南関モンロー主義」に変わっただけであるので、中央・地方の各場でより広範な交流を進めて欲しいと願っている自分としては、あまり歓迎できない方向には違いない。

カンパ→ 乞食100